奄美大島の歴史

奄美大島の歴史を知ろう
【画像:奄美博物館】

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"旧石器時代から現代への道のり"


【奄美大島の歴史について】

奄美大島郡歴史は大きく分けて

・旧石器時代

・グスク時代

・琉球王国との関係

・薩摩藩の統治 

・日本復帰

と言う道のりを辿ってきています。


現在の美しい海と自然がどのように守られて来たのか、さらに歴史を知る事で奄美大島への思い入れが強くなると思います。ここでは歴史にスポットをあてて紹介して行きます。

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▼旧石器時代

 旧石器時代からスタートした奄美の人々

人類は奄美大島でいつから生活をスタートしたのでしょうか。


調べてみるとかなり昔から人類が生活していた事が分かります。


奄美大島の群島での人々の痕跡は、奄美市笠利町喜子川遺跡でおよそ2万5000年前の旧石器時代の石器が出土しています。

 

奄美大島では、約2万1000年前の土浜ヤーヤ遺跡などが発見されておりこの頃からすでに奄美群島では人々が始まっていたと言えます。


日本書紀では「鶴見嶋」「阿麻弥人」などと記録されています。

▼グスク時代

有名な平家伝説 

11世紀になると、集落ごとにグスク(御城、古琉球時代の城)が築かれ、按司(あじ)と呼ばれる領主によって統制されていました。


どの時代にもその土地を仕切る人が出てきましたが奄美大島でも例外ではありません。

 

また平家の伝説として今でも語り継がれる事があります。


1185年、壇ノ浦の戦いで敗れた平家が奄美群島まで逃れてきたと言われており、今も各地に平家伝説が数多く残されています。


中でも、名瀬の平有 盛(たいらのありもり)神社、龍郷町の平行盛(たいらのゆきもり)神社、平資盛(たいらのすけもり)を祭る加計呂麻島の大屯(おおちょん)神社は有名で、多くの人が訪れに来ています。


伝統行事の諸鈍シバヤは、平資盛が土地の住人との交流の為に芸能を披露したのが始まりと言われています。

▼琉球王国

琉球王国との関係 

琉球王国で尚真(しょうしん)が即位すると、強固な中央集権制を確立し、ノロ制度を導入しました。(1477年)


女性司祭であるノロは、公的神女(しんにょ)組織であり、国家行事を司っていました。


今日の奄美群島でもノロにまつわる行事が残っており、龍郷町 秋名の平瀬マンカイは国の重要無形文化財として受け継がれています。

▼薩摩藩

薩摩藩と黒糖焼酎 

1603年に江戸幕府が開かれ、薩摩藩が琉球王国を制討すると同時に奄美群島も領土となりました。


当時の薩摩藩は、強制的にサトウキビ栽培を推し進め、サトウキビから採れる黒砂糖を幕府や商人に専売することで財を築いて行ったのです。


この頃に誕生したのが、黒砂糖を利用して造られた、奄美群島限定の黒糖焼酎です。

▼日本復帰について

日本復帰60周年 

1945年8月15日。

第二次世界大戦で日本が降伏し、終戦を迎えたと同時に奄美群島はアメリカの統治下に置かれました。

 

終戦後すぐに復帰運動が始まり、その運動は徐々に激しさを増していきました。

1952年の平和条約によって日本の主権が回復してくると、アメリカは基地が少なく復帰運動の激しい奄美群島の統治を諦め1953年12月25日のクリスマスに返還されました。


2013年は、奄美大島が日本に復帰して60周年を迎えた年になります。

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